医師三戦

かかりつけの病院といばe-ホスピタルであった私が、
今月に入って医療法に基づき現実社会に設置された施設に5回も出入りしている。
しかも8回目まで「既予約」である。
実はe-ホスピタルには内科、外科、歯科は存在しない。
処方箋を発行しない、すなわち薬を処方しない内科など
単なる霊感商法に過ぎず、血液を見れば卒倒する私が
外科的処置を自ら執刀することなど不可能であった。
また、歯科が存在しない理由も想像に難くないだろう。

ところで久々に出会う医師達はずいぶん若く感じた。
もはやスモウレスラーさえ年下ばかりとなった自分の年齢のせいなのか。
稲本と同様、「下の年代からの追い上げ」など
感じたことはなかったはずだが、
知らずのうちに私は世代の波にうっちゃられ、
みっともない死に体となっていった。


****

第一戦

こんな歯科医がいた。

通院状況を尋ねられ、
「はいしゃさんには一年以上いっておりまちぇん。」
と私は答えた。
隠し切れない真実の怯えが言霊となっていた。
歯科医は何かに合点がいったというように、短く
「そうですか。」
と受けたが、何もかもが予想づくだというふうな落ち着きは、
問いの答えだけでなく、心のうちをも見透かされたようで私は恥ずかしくなった。
そばにいた歯科衛生士が冷ややかでまぶしいまなざしをたたきつけてきた。

それから私は卑しめに抗ずるすべなく小物と化したが、
唯一うがいの水は半分以上捨てるという見栄を張り通そうとしていた。

ところが、麻酔を打たれた唇は、最後の見栄さえゆるしはしなかった。
含んだ水は緩んだ口の端から、清んだままだらしなくこぼれていった。
それを眺めながら私は、なすすべなく輝きを失う人生をダブらせてた。

徹底ぶりに思わず苦笑した。


****

第二戦

こんな外科医がいた。

私は自分のことを極悪非道だと自覚しているが、
外科医の非人間性にはさすがに気が引ける。

足の親指の爪が黒ずみ、ついに化膿した。
早速外科医は、爪を引き剥がそうと試みる。
明らかに徒労に終わるだろう試みに微塵の迷いも見せぬさまは、
機械のメタファーである。
爪は浮き上がりこそするものの剥ぎ取れそうにはなかった。
どこからともなく液体が滴った。
一瞬にして私は言霊さえ降臨しない状況に追い込まれた。
「痛い?」の問いかけには
間髪いれずに呻きとともに頭を振り続けた。
膿を逃がすため邪魔な爪を切られていると、
老いた看護師が不審そうに様子を覗きこんできた。
おっさんが油汗をたれ流しながら、これまたおっさんに爪を切られる光景は、
確かにめったに見られぬ興行だろうと思うが、
一向に立ち去る気配のないその看護師を過去記憶にないほど
ぶっとばしてさしあげたいと思った。


****

第三戦

こんな歯科衛生士がいた。

医師と看護師、歯科医と歯科衛生士は飴と鞭である。
看護師や歯科衛生士が医療施設からいなくなれば、
私は5回の通院のうち3回を省くことができたかもしれない。

ブラッシングのレクチャーを受けることになった。
鏡に映る自分の口元は、スポットライトに耐えがたく疲れていた。
治療の仕上げは歯科衛生士の仕事であった。
私は歯科医の治療の屈辱から開放され、きわめて大人の事情で、
気分の高揚を迎えたのもつかの間、ふたたび絶壁を陥落する思いがした。